さまざまな献立レシピ
言われたとおりにセッティングしなおすと、彼はさっそく自分自身で紅茶をいれはじめた。
まずカップに砂糖を入れ、室温(18〜20℃)の牛乳を大さじ4〜5杯加えたあと、時間をかけながら砂糖を溶かす。
そして、それに90℃ぐらいの紅茶を注いだ。
「これで美味しいティーができた」と、Rはつぶやくと、目を細めながらその紅茶を飲みはじめた。
そして、「トレーポン(旨い)」といって2杯目を所望した。
何につけても好奇心旺盛なRは、紅茶にもよほどこだわりがあったのだろう。
こうなると、私の好奇心もむくむくと頭をもたげてくる。
Rが帰ったあと、ティーをいちばん美味しく飲めるのはどんな方式なのか、さっそく実験してみることにした。
方法その1は、Rの方式。
その2は、紅茶の入ったカップに先に砂糖を入れてから牛乳を入れる方式。
その3は、紅茶に牛乳を入れてから、最後に砂糖を入れる方式。
そのほか、それぞれの方式について、温めた牛乳を使った場合や牛乳の代わりに生クリームを使った場合なども試してみた。
さて、結果である。
まず、温めた牛乳を入れるのは、いずれの場合もミルクの臭いが鼻について、せっかくの紅茶の香りが台無しになった。
牛乳の代わりに生クリームを使った場合は、乳脂肪が高すぎていけない。
もっとも、日本の牛乳は脂肪分が少ないから、牛乳10に対して生クリーム1ぐらいの割合ならいける。
ただし、牛乳はかならず室温である。
冷蔵庫から出したばかりの牛乳(5〜10℃)を使うと、紅茶の温度が急激に下がって、ミルクや砂糖が混ざらなくなる。
その点、室温の牛乳なら、熱々の紅茶が70℃くらいの飲みごろになり、この程度の温度だと、牛乳のタンパク質が凝固しないため、ムラが出ず、美味しく飲める。
方式その1からその3までの比較では、さすがにRのやり方がいちばん美味しいという結果になった。
最悪なのは方法その3で、砂糖も溶けきらず、冷めてしまうため、風味がなく水っぽいミルクティーになってしまった。
たかが紅茶とはいえ、やはり「紅茶道」があるということである。
Rは料理にもこだわりを持っているが、紅茶ひとつについても、素材の性質や個性を理解したうえで、旨さを引き出す方法を知っていたのだ。
ただ、牛乳を先に入れるのは労働者階級、紅茶を先に入れるのは上流階級と、英国ではなっている。
素材や調理法について、その「うまさの方程式」をいろいろ考えてきたが、最後に忘れてならないのが器と盛り付けである。
「器は料理の着物である」というRの言葉もあるように、とくに日本料理では料理と器の調和がひじょうに重視されてきた。
西洋料理の器といえば、大中小のお皿にスープ皿程度のバリエーションしかないが、日本では、大きさの違いはもちろん、その素材も陶磁器や漆器、木の器などがある。
さらに、その形も、汁椀、煮物椀、酒器、めん鉢と、料理の種類だけ器の数があるといってもいいほどである。
では、どんな料理とどんな器を組み合わせれば、よりその料理は映えるのか?たとえば、私は織部の中でも青織部が好きだが、青織部には断然、赤い色の料理が映える。
だから、刺し身なら、白身より赤身、それも私の大好物である本マグロの赤身を盛り付けたくなる。
織部焼には、黒、赤、絵織部などあるが、私が青織部が好きなのは、ひょっとしたら私が本マグロの赤身が大好きだからかもしれない、などと考えることもある。
つまり、この場合は、最初に大好きな食べ物があり、それに合う器を探していたら、たまたま青織部になったということなのかもしれない。
もちろん、これとは逆に、好きな器があり、それに合う料理を見つけるという場合もあるだろう。
いずれにせよ、料理と器との組み合わせを色によって決めるというのはひとつの方法である。
しかし、センスのない人が盛り付けると、小学生の塗り絵のようになって、まるで食欲をそそられない。
以下、料理と器との組み合わせを。
色で決めるときの原則や具体例をいくつか紹介したい。
器を選ぶときは、食べ手に季節を感じさせることも大切である。
しかし、おそらく旬の素材が忘れられつつあることと関係があるのだろう、最近は、器から季節を感じさせるということがすっかり減ってしまった。
先日、あるホテルの日本料理店で開かれた「秋の食味会」なる催しに参加したときのことである。
まず先付けが出て、次にお椀が出た。
しかし、このときの器は、桜蒔絵椀といって、春の紋様だった。
次に出てきたのは染付山水舟文皿で、これは夏の紋様。
その次は、伊万里色絵梅花双鳥中鉢丼で、これは季節を選ばない無季紋様である。
そして、焼き物の器は、晴れの日に使うような吉祥紋様の色絵環駱獅子文鉢という具合。
あまりにもバラバラなので、サービスの人に聞いてみると、「今日のためにそろえました」という。
その後、料理長にも聞いてみると、「ちょうど手頃な大きさだから使いました」とのこと。
彼らの頭の中には、器から季節感を伝えようという発想が最初からなかったのだ。
日本料理は、料理のなかで四季をどう表現していくか、器のなかに、味も含めて四季の移ろいを感じとりながら、料理を愛でていくということがひじょうに大切になる。
秋であれば、たとえばこんなふうである。
秋は旧暦で、8月8日頃から2月7日くらいまでである。
その間であれば、テーマは「物思う秋」でもいい。
具体的には、紅葉、秋草、月、鹿、すすき、萩、野菊、秋の七草、月雁……。
こうした絵や紋様をあしらった器を使えば、いかにも「秋の食味会」になる。
ついでにいえば、春は木の芽も含めて、やはり花であり、その代表は桜である。
夏は、ぼたんや紫色の鉄線、そのほか波頭、網目、波に船などがある。
また、この季節には磁器やギヤマンなどのガラス製品やクリスタル製の器も使われる。
ただし、最近の食べ物屋は冷房をがんがん効かせているから、こうした涼しげな器を使うと、かえって逆効果になりかねないが。
こうした四季紋様のなかに、無季紋様をはさむのも悪くはない。
無季紋様とは、格子、市松模様などペルシャやイスラム文化の影響を受けたものだが、一年を通じて使える。
じつをいうと、私は器にのめり込んでいた時期がある。
外国に出ると、かならず骨董屋をのぞいては、掘り出し物を探していた。
上海の食器店のおばあさん、パリの裏店のおじいさんという具合に、顔なじみもけっこういた。
ロンドンのアンティークショツプのおばあさんからは、器をコレクションするなら、様式や作られた年代を統一するようアドバイスされたこともある。
たしかにそのとおりだと思うものの、マイセンなんかに凝り出したら、いくらお金があっても足りなくなる。
というわけで、いまは、いちおう歴史や様式を知ったうえで、器を買うようにしている。
日本の器では、前に述べた織部と楽にひかれる。
楽焼は、Sが楽家の長次郎という人物に、茶器のためにわざわざ作らせた焼き物である。
Sはその手触りや色、形など自分のイメージを念入りに伝えたといわれるが、古い楽焼の中には、色や形のモダンさに圧倒されるものもある。
人は、永遠のデザイン性を持っているものには、理屈抜きに感動する。
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